剣道で相手の技を返す方法:返し技のメカニズムと実践
剣道において、相手の技を「返す」技術は、**応じ技(おうじわざ)**の中でも特に代表的なものです。単に防御するだけでなく、相手の打突の勢いを自分の力として利用し、即座に反対側の部位や隙を打突する、攻防一体の高度な技法です。
返し技をマスターすることは、「打たれずに打つ」という剣道の理想に近づくための重要な一歩となります。
1. 「返し技」の基本と種類
返し技は、「後の先(ごのせん)」の技の代表であり、相手に打たせてから、竹刀操作と体捌きによって瞬時に反撃します。
返し技のメカニズム
誘い: わずかな隙を見せたり、中心を外す攻めを見せたりして、相手に「打てる」と錯覚させ、技を出させる。
受け流し(応じ): 相手の竹刀が自分の竹刀に当たる瞬間、手首を柔軟に使い、竹刀の**左側(表)または右側(裏)**で受け止め、力を吸収しながら受け流す。
返し: 受け流した直後に、手首を返す動作で竹刀を返し、相手の体勢が崩れた瞬間の空いた部位を打ち込む。
代表的な返し技の種類
種類 | 相手の打突部位 | 自分の反撃部位 | 概要と目的 |
面返し胴 | 面 | 胴 | 相手の面打ちを竹刀で受け流し、右斜め前にさばきながら、相手の右胴を打ち切る。最も実戦で使われる返し技。 |
小手返し面 | 小手 | 面 | 相手の小手打ちを竹刀の左側で受け止め、手首を大きく返す勢いで、相手の面を打ち切る。 |
面返し面 | 面 | 面 | 相手の面打ちを受け流し、そのまま竹刀を返し、再び相手の面を打ち切る。難易度が高く、上級者向け。 |
胴返し面 | 胴 | 面 | 相手の胴打ちを竹刀で受け止め、返しを利用して面を打ち切る。 |
2. 返し技を成功させるための「3つのコツ」
返し技は、タイミング、体捌き、手の内の柔らかさの全てが要求される高度な技です。
1. 相手の力を「吸い込む」手の内
竹刀を強く握らない: 打ち込む瞬間以外は、竹刀を柔らかく握る「手の内(てのうち)」が重要です。竹刀をガチガチに握っていると、相手の打突を受け止めたときに力が逃げず、竹刀が弾かれてしまい、返しの動作にスムーズに移れません。
受けずに「流す」: 相手の竹刀を**「受け止める」のではなく、手首を柔らかく使って「吸い込み、受け流す」**イメージを持つと、返しやすくなります。
2. 「前で返す」意識と体捌き
空間を作る: 技を返す際、竹刀を体の方に引き込んでしまうと、返した後の打突が「元打ち」(竹刀の鍔に近い部分で打つこと)になり、有効打突になりません。
右斜め前への開き足: 特に面返し胴では、相手の面打ちに対し、右足を右斜め前に踏み出しながら竹刀を受け流す(開き足)ことで、自分の面を避けつつ、胴を打つための十分な空間を作ることができます。**「避けながら打つ」**一連の動作が理想です。
3. 「一拍子」のスピード
分断しない: 返し技は、「受ける」「返す」「打つ」という動作を分けて考えてはいけません。相手の竹刀を受けた瞬間に、すでに返し打ちの動作が始まっている**「一拍子(いっぴょうし)」**のスピード感が必要です。
左手の操作: 返し技のキレは、主に左手の操作(手の内の返し)にかかっています。左手がブレないよう、体幹を使って動作することが大切です。
3. 実戦での活用例:面返し胴
返し技の中でも、最も実戦で使われる面返し胴を例に、手順を解説します。
攻め(誘い): 自分の剣先をわずかに下げたり、相手に一瞬だけ打てる間合いを見せたりして、相手に面打ちを誘い出します。
応じ(受け流し): 相手が面を打ってきた瞬間、右足を右斜め前に踏み出しながら(開き足)、自分の竹刀の左側面(鎬)を使って相手の竹刀を受け流します。この時、自分の面は相手の打突軌道から外れています。
返し(打突): 受け流した勢いをそのまま利用し、手首を返し、相手の右胴を打突します。この時、竹刀の先(剣先)を大きく回しすぎず、コンパクトに打ち切ることが重要です。
残心: 胴を打ち切った後も、すぐに体勢を整え、相手に正対して残心を示します。
返し技の習得には、相手の竹刀が来るのを見てから反応する反射神経と、それを打ちに繋げるための反復稽古が不可欠です。