剣道で使う「八相の構え」の解説
**八相の構え(はっそうのかまえ)**は、剣道の基本となる「五行の構え(中段、上段、下段、八相、脇構え)」の一つです。現代の試合ではほとんど使われることはありませんが、日本剣道形(4本目)に登場する、非常に重要な古流の構えです。
1. 八相の構えの基本的な概要と形
構え方のポイント
足構え: 左足を前に出し、左半身になります(左上段の構えに近い)。
竹刀/刀の位置:
竹刀/刀を体の右側(右脇)に垂直に立てて構えます。
鍔(つば)が口元の高さになるように位置します。
右拳は右肩のあたりまで下ろし、鍔から口元まで拳ひとつ分ほど離します。
剣先の向き: 刃先(切先)は相手の方に向けて立てます。
見た目のイメージとしては、野球の右打者のバッティングフォームに似ていると言われることがあります。
別の呼び方と由来
陰の構え(いんのかまえ): 脇構えが「陽の構え」と呼ばれるのに対し、八相の構えは「陰の構え」とも呼ばれます。これは、自ら攻撃を仕掛けるというよりは、相手の出方をうかがうという性質があるためです。
八双の構え: 「八双」と書くこともあります。
由来(諸説あり):
刀を抜いた後の太刀を持つ両腕が、漢字の**「八」の字**になっていることにちなむ。
瞬時に八方(全方位)の敵に対応できることから「発早」と呼ぶ流派もある。
かつて大きな兜を着用していた際など、刀を頭上に振りかぶることが難しい状況で、上段の構えの代わりとして使われた。
2. 八相の構えの特性と意味
八相の構えは、ただの形ではなく、その特徴的な位置に深い意味を持っています。
① 威圧感を与える「木の構え」
八相の構えは、五行の構えの中では**「木の構え」**とも呼ばれ、堂々と刀を立てた姿で相手を威圧する効果があります。刀を垂直に立てることで、大きな威容を相手に見せつけます。
② 攻撃を誘う「陰」の性質
前述の通り、「陰の構え」と呼ばれ、直ちに攻撃する構えではありません。
刀を高く立てて構えることで、相手の頭上部を大きく空けているように見せ、相手の攻撃を誘い出す性質を持ちます。
相手の攻撃の出方(間合い、体勢など)を冷静に監視し、一瞬の隙を見て攻撃に転じるための待機的な構えです。
③ 疲労の軽減(古流剣術におけるメリット)
刀を垂直に立てて構える形は、上段の構えのように腕に力を入れ続ける必要がなく、比較的疲労が少ないというメリットがあります。これは、長期戦や多方向からの敵に対応しなければならない古流剣術において、非常に機能的だとされていました。
3. 現代剣道での位置づけ
現代の竹刀を使った試合剣道においては、八相の構えはほとんど使われることはありません。
その主な理由と課題は以下の通りです。
竹刀の長さ: 竹刀を使う場合、八相の構えは剣先(切先)が相手から遠ざかってしまい、中段の構えのような攻めの圧力や、上段の構えのような即座の打突が難しくなります。
防御面の不安: 刀を右脇に立てるため、構えていない左半身や正面(喉元など)が空きやすく、相手の突きに対する防御が難しいという欠点があります。
しかし、日本剣道形では、打太刀(仕掛ける側)の中段の構えに対して、仕太刀(受ける側)が八相の構えをとることで、古流の攻防の理合いを学んでいます。八相の構えは、**剣道の理合(りあい)**を理解する上で、今も欠かせない基本の構えです。